NHK若者向け音楽番組の系譜

2012.01.09.01:10

前回の続きです。 前回、都倉さんの言葉はどれも印象的だった、と書きましたが、中でも一番印象に残ったのは、「僕は大ヒットをすでに持っている大物にはあまり書いたことがなく、これから売り出す人達への仕事が多かった」というコメントでした。 その話に関連して、都倉さんが司会と音楽監修を担当していたNHKの若者向け音楽番組「レッツゴーヤング」に触れ、同番組内で結成されたサンデーズのメンバーが、都倉さんの曲でデビューした話などが紹介されました。 当時はまったく気にとめていませんでしたが、狩人の「あずさ2号」も、太川陽介の「Lui Lui」も都倉さんの曲だったのですね。 その話を聞いたとき、とっさに私の頭をよぎったのが、「ステージ101」のことでした。 「それって、中村八大の曲でシングアウトや小林啓子がデビューしたのや、東海林修の曲でワカとヒロや藤島新がデビューしたのと同じじゃない?!」 「ステージ101」というのは、74年4月に「レッツゴーヤング」が始まるまで、NHKで放送されていた若者向けの音楽番組です。 当時、私たちの目には、「レッツゴーヤング」は「ステージ101」とは全く異質の番組に映りました。 無名の若者集団、ヤング101が世界の曲を披露活躍する「ステージ101」から、人気アイドルを集めてヒット曲を歌わせる「レッツゴーヤング」に変わった時、その安易な手法に、私たちは子供ながらに大いに落胆しました。 当時、私たちの目にはアイドルとアマチュアっぽさが売りのヤング101とは、対極の存在に思えたのです。 しかし、後にわかったことですが、ヤング101のメンバーのなかには、たしかにオーデションを突破したアマチュアも含まれていましたが、多くはすでにプロとして活動していた人たちや、デビュー前の新人だったのです。 つまり、そういう意味では、「レッツゴーヤング」と「ステージ101」は対極どころか、大同小異だったのです。 そして番組の出演者に作曲家を起用し、その作曲家の曲でデビューさせるという手法も。 ちなみに、都倉さんのあとは、同じく作曲家の平尾昌晃さんが司会に起用されています。 もっとも、都倉さんが「レッツゴーヤング」の司会を担当するようになったのも、番組内のグループ、サンデーズが結成されたのも、77年ごろだったようです。 要するに、最初は「ステージ101」の対極を行く番組だったのに、途中から「ステージ101」的な要素を取り入れた番組に変わっていっちゃったんですね。 しかし、「ステージ101」と「レッツゴーヤング」の間には、ひとつ大きな違いがありました。 それは、「レッツゴーヤング」では「あずさ2号」や「Lui Lui」を、決して番組のオリジナルソングとは呼ばずに「ヤングヒットソング」としたところです。 番組のオリジナルソングと位置付けてしまったばかりに、他局の音楽番組に出演する機会が減り、結局売れずにコケ続けたヤング101出身の歌手たち。 彼らの失敗に学び、同じ轍を踏まなかったのは賢明でした。 それにしても、なんとも皮肉だなと思うのが、「レッツゴーヤング」の最初期に、樋口さんがこの番組の音楽監修をしていたことです。 もっと後で担当していたら、都倉さんのように、プロデューサー的手腕を発揮して、樋口メロディーを歌うスター歌手を輩出するチャンスがあったかもしれないのに…と。

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